
Gemini
夏の銀閣寺、静寂に満ちた庭園を歩く
桜の季節の賑わいが嘘のように、夏の哲学の道は静けさに包まれていた。木漏れ日が揺れる石畳の道をゆっくりと歩き、銀閣寺へと向かう。春には多くの観光客で賑わうこの道も、深い緑に覆われた夏は、訪れる人もまばらで、どこか穏やかな空気が流れている。蝉時雨が降り注ぐ中、自分の足音だけが静かに響く。この季節の哲学の道は、思索にふけるには最適の場所なのかもしれない。
銀閣寺の門をくぐると、夏の力強い日差しとは対照的な、静寂と落ち着きに満ちた世界が広がっていた。金閣寺のような絢爛豪華さはない。しかし、ここには心を静めてくれる何かがある。丁寧に手入れされた庭園は、苔の緑が一層深みを増し、白砂で表現された銀沙灘(ぎんしゃだん)の白との対比が、目に鮮やかに映る。
観音殿、いわゆる銀閣は、華美な装飾はないものの、東山文化のわびさびを今に伝える落ち着いた佇まいで、静かにそこにあった。夏の強い日差しを浴びながらも、どこか涼しげな表情を見せている。
順路に沿って庭園を散策する。山の斜面を利用して造られた庭は、歩を進めるごとに景色が変わり、訪れる者を飽きさせない。木々の緑は生命力に溢れ、時折吹き抜ける風が葉を揺らす音は、心地よい涼を運んでくれる。展望所から見下ろす境内は、緑の濃淡が美しく、まるで一枚の絵画のようだ。夏だからこそ味わえる、この深い緑に包まれた銀閣寺の姿に、心が洗われるような気持ちになった。
京都には、金閣、銀閣、そして飛雲閣(ひうんかく)という三つの名閣があると聞く。きらびやかな輝きで人々を魅了する金閣。わびさびの心を感じさせてくれる銀閣。そして、西本願寺の境内にあり、通常は非公開という飛雲閣。その三つの閣を、いつかすべてこの目で見て、それぞれの物語を綴ってみたい。そんな思いを胸に、夏の日の銀閣寺を後にした。






